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掌編『吐息の理由』でございます【小説】
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    拙作の新作掌編『吐息(といき)の理由』

    をここでも公開いたしましょう。

    全文です。

    少々長いです。読了目安時間は7分。

     

    こちら以外では、以下で公開中。もちろん無料。

     

    誰かを好きになるって、
    どうしてこんなに
    ジリジリするんだろう

    『吐息の理由』
    エブリスタ
    https://estar.jp/novels/25591658
    なろう
    https://ncode.syosetu.com/n5330fz/
    #切ない #片思い #三角関係 #ピュアラブ #じれじれ

     

    では本文をどうぞ☆彡

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

    (画像クリックでエブリスタにジャンプ)

     

    『吐息の理由』

    天川さく

     

     気づいて。
     声にして。
     好きだって──いって。

     そう思っていたからかな。
     額があたたかくなって視線だけをあげた。
     瑛太さんがわたしにキスをしていた。

    「な、なな」

     慌てて椅子ごとひっくり返りそうになり、背後に立っていた瑛太さんが「おっと」と支える。

    「あぶないよ」
    「じゃなくて、なにするんですか」

     康平の目の前で、といいかけて口を閉じる。
     瑛太さんはちらりと視線をやって「だって」ととろけるような顔をした。

    「美月ちゃん、可愛いんだもん」

     だもんって、こどもか。

    「その場のノリでやっていいことと悪いことがあってですね」
    「ノリじゃなかったら?」
    「なおさら駄目です」
    「つれないなあ」

     あのですねえ、と瑛太さんへ測定データの束を差し出した。

    「こんなに仕上がっているんです。さっさと教授に報告しないと。遊んでいる場合じゃなくて」
    「遊んでないもん」
    「瑛太さん」

     かたりと音がした。康平が立ちあがっていた。背中を向けて学生部屋を出ていく。……うるさかった? 違う……そういうことじゃなくて。
     ──ああもう。
     吐息がもれる。

     

     

     康平をちゃんと知ったのは一年前。震災直後の大学三年の夏。
     この地質学の研究室に一緒に入って、とにかく人手不足だからとペアを組まされ、あちこちの震災現場へいった。
     最初はなんて喋んない男子なのって。
     でも──。
     今年の夏。
     現場帰りによった余市の、辛うじて罹災をまぬがれた蒸留所で、「車ならお酒は駄目っしょ」とすすめられたアップルサイダーを飲んだら。

    「うまい。なにこれ。めちゃリンゴ。こんなのおれ飲んだことない」

     そっか、と康平は口元をぬぐう。

    「ここって震災前はシードルも作っていたんだよね。この風味はその応用? 甘みもただの炭酸飲料っていうよりノンアル飲料みたいで」

     思わずぷはっと笑ってしまう。

    「結構語るのね」

     康平が黙る。……怒らせた? そう思ったとき、康平がわたしの頬を指先でぬぐった。

    「サイダーがついてた。人のこと笑うから」
    「……ごめん」
    「言葉ってさ。分身みたいじゃん。軽々しく口にしたくないんだ」
    「風味の話は大丈夫なの?」

     康平は微笑むとアップルサイダーを飲み干した。
     それから、空瓶をベンチにおいて、前を向いたままわたしの指に指をからめた。

     細くて長い指先。
     ひんやりとしていたその指が次第にあたたかくなって、わたしの体温と同じになり。……ただそれだけなのに、身体の芯がむずむずして。

     そのあと──帰路の車窓から見た夕陽。
     身体が震えた。
     夕陽なんて何カ月ぶり? 世界中の火山の噴煙で空はずっと厚い雲におおわれていたから。運転する康平の横顔をそっと見る。康平の目もほんのり潤んでみえた。

     こうやって、と思った。
     こうやって少しずつ、ふたりの間を深めていけたら。
     そうすれば──。
     どんな地震があっても、火山が噴火しても、教授がめちゃくちゃな指示を出しても、わたしはがんばって生きていけるのに。
     ──そう思っていたのに。

     


     
     そのひと月後。
     大学院の秋入学で瑛太さんが研究室にやってきた。
     教授の提案でわたしは瑛太さんと共同研究をすることに。わたしにとっては卒論あつかい。とても断れない。

    「美月ちゃんて可愛いコだなあって入ったときから思ってたんだ」

     そんな軽口を叩きながら「ね」と康平に微笑みかける。
     康平は不機嫌そうに顔をそらし、瑛太さんは意味ありげにわたしの肩を小突く。

     そう。
     瑛太さんはスキンシップが多い。
     挨拶するように頭を撫でて、頬をつつき、髪に指をからめてくる。
     距離も近い。
     呼びかけられて顔をあげたら、息がとどく位置に瑛太さんの顔があるなんていつも。

    「瑛太さん、近いです」
    「あーごめん。近づけないと値が見えなくて」
    「ノートごとどうぞ」
    「美月ちゃんの匂いがする」
    「返してください」
    「まだ数値を書き写してないよ」

     早くして、といいかけて口を閉じる。
     これではまるで痴話げんか。
     こんなところを康平に見られたら。そう思うときに限って、ちゃっかり康平は見ている。
     気まずい空気が流れているのに瑛太さんはあおるように「ねー。美月ちゃんっていい匂い」って康平に同意をもとめて。
     やめてってわたしは胸でさけんで。康平は無言で瑛太さんに背を向けて。それを見て瑛太さんは吐息をもらし。
     
     なんなの一体。
     わたしはどうすればいいの。
     康平はわたしと瑛太さんが仲良くしていてもいいの?
     不機嫌そうにするなら何かいってよ。
     ……苛立ちはつのるばかり。
     はああ、と思う。
     なんでわたし、こんなやつをずっと待っているんだろう──。
     瑛太さんのほうが。
     ずっと優しくて。
     ずっと気安くて。
     ずっと笑いかけてくれるのに。

     わかってる──。わたしは康平の背中を見る。
     康平はとても言葉を大切にしている。軽々しい言葉ははかない。
     だけど。
     だからこそ。
     ──わたしはそっと息をはく。

     

     

     ん、と康平がカラフルな図を差し出した。
     びっしりと書き込まれたカラフルな柱状図。わたしは思わず息を飲む。

    「すごく細かい。きれい。これってさっきから書いていたやつ? 手書きを卒論に使うの?」
    「まさか」
    「だって」
    「美月たちが使いやすいように色分けをした。論文に使うのはモノクロだしね。気になったこともメモしたから使って」

     わざわざこんな手間を? 書きあげるのに何時間もかけて? 康平だって──めちゃくちゃ忙しいのに。

     康平が笑みを浮かべていた。
     アップルサイダーを飲んだときと同じ笑み。康平が手をのばしかけ、けれど指先を折り曲げて。指の関節で軽くコンコンとわたしの頬に触れる。

    「がんばれよ」
    「──ありがと」

     康平の背中を見送って、ひとりデスクに地質図を広げる。康平がくれた柱状図ってこのあたりのよね。地点を見ながら頬が緩むのをおさえられない。
     瑛太さんにどれだけ優しい言葉をささやかれようと、肩をよせられようと、額にキスまでされても康平にはかなわない。
     わたし、やっぱり。
     笑みを浮かべてわたしは康平の柱状図を指先でなぞる。

     

     

    「この柱状図、どうしたの?」

     瑛太さんが康平の柱状図を食い入るように眺めている。それからわたしではなく康平へ顔を向けた。
     ……怒ってる? 自分の仕事に水を差された気持になった?

    「瑛太さん、あのね、これは」
    「康平。昨日だってほぼ徹夜なのに。これもやってくれたんだ」

     徹夜? そうなの?
     わたしも康平を見る。パーカーのフードを半分かぶるようにして製図ソフトを操作する康平。その姿はいつもと変りなく見えたけれど。
     ちょっと待って。どうして康平が徹夜したって知っているの? 瑛太さんこそ徹夜? それもすぐにこれが康平の図だとわかるって?
     そう思って振り返り──わたしは口を閉じた。

     瑛太さんが笑っていた。
     なんともいえない柔らかい顔で康平の柱状図を指でなぞっている。
     あ──。
     予感がじわじわと押しよせる。
     瑛太さんはそのままの姿勢でそっと声を出した。

    「康平にお礼しなくちゃね。美月ちゃんさ、余市の蒸留所のアップルサイダーって知ってる?」

     ぎょっとする。
     どうして瑛太さんがそれを?

    「康平から聞いたんですか?」
    「ちがうよ」
    「なら」
    「見ていればわかるでしょ。あれ、康平の好みだと思うんだよね。なかなか売ってなくてさ。どこなら買えるかなあ」

     見ていればわかる? そんなにあいつ、サイダーを飲んでいたっけ?
     予感がどんどん濃くなっていく。
     瑛太さんは康平の柱状図を撫で続けている。
     うん。もう、ほかにたとえようもなく──愛しそうに。

    「ここって本当にレキ岩かな。なら僕らの地点も見直さなくちゃね。美月ちゃん、いい場所を知らない?」

     うん──知らなかった。
     ……いつから? 秋に入学してきたときから?
     わたしにからんでいたのは、わたしが目的じゃなくて。
     ああ──そうか。
     毎日かならず康平に話しかけて。どれだけつれなくされても態度を変えることなく。康平に向ける顔はいつも笑顔。
     いつもいつもいつも。
     そういえば──わたしをご飯に誘うときは、かならず康平も誘っていた。あれって康平がついでじゃなくて、ついでなのは。
     わたしは吐息をもらす。

    「……なにやっているんですか」

     瑛太さんが顔をあげる。
     わたしは康平に視線を向け、それからまた視線を瑛太さんに戻した。気づいちゃった。その合図。
     瑛太さんの顔から笑みが消える。

    「馬鹿みたい」
    「……そういわれてもなあ」

     瑛太さんは力なくつぶやくと顔をくしゃりとゆがめた。
     それだけで十分、彼がどれだけ康平を思っているのか伝わってきた。
     大切で、好きすぎて、言葉に──できない。
     あふれる思いで相手をつぶしてしまいそうで。どうしたらいいのかわからなくて。
     だって康平は言葉の重みをわかっているから。だからきっと──瑛太さんからいわれたら。絶対に真剣に受けとめる。考えて考えて、それで。
     瑛太さんはそこまでわかっているから。
     康平を困らせたくなくて。
     わたしだって──。
     

     

     ああもう。
     わたしは大げさに肩をすくめた。

    「うっかりわたしにキスするなんて、額でもホントないですよ」
    「だって可愛かったんだもん」
    「ペットみたいに?」

     そこまでは、と瑛太さんは口ごもる。わたしは苦笑して、にじんだ涙を指でぬぐう。

    「手加減しませんから」
    「えー。そんなこといわずに。してくれていいんだよ?」

     顔を見合わせる。ふふっと笑う。
     それからそろって、吐息をもらす。
     まったくもう。
     康平がどれだけ難しいのかわかっているの?

     人生って本当に、意地悪だ。

     
    (了)

     

     

    康平主人公の本編となります短編は、

    いるかネットブックスから6月有料配信予定。

    半分以上試し読みができるはずです。

    お楽しみに!

     

    • 2020.03.25 Wednesday
    • 14:34
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